費用はモデル開発より「周辺」に寄る

製造業のAIの費用は、AIのモデルを作る部分より、その周辺にかかることが多くあります。外観検査ならカメラ・照明・治具、予知保全ならセンサと通信、どの用途でもデータの整備と既存システム(MES・PLC)との連携です。

GoogleのSculleyらの論文(NeurIPS 2015)は、実際の機械学習システムのうち、機械学習のコードはごく一部で、データ収集、特徴量の抽出、監視、設定管理などの周辺の仕組みの方がはるかに大きく複雑だと指摘しています。データサイエンティストの作業時間でも、データ準備とクレンジングが約38%を占め、モデルの選択・学習・デプロイは約26%でした(Anaconda、2022年調査)。

費用の見積もりでは、AIの開発費だけでなく、この周辺の費用を段階ごとに洗い出すことが重要です。

4段階の費用項目

段階主な費用項目社外費用の例社内工数の例
1. 構想課題整理、テーマ選定、データ確認コンサルティング、データ診断現場ヒアリング、データの所在調査
2. PoC評価用データの収集、撮像・センサの試験、モデルの試作と評価PoC費用(開発・評価)、試験用の機材正解ラベル付け、判定基準の整備、並行運用
3. 本番機器の本設置、システム連携、運用設計、教育カメラ・照明・センサ・エッジPC、ソフトライセンス、MES連携開発業務手順の変更、現場教育、受け入れ試験
4. 運用監視、再学習、品種追加、保守、横展開ライセンス更新、クラウド利用料、保守契約、再学習作業精度の監視、誤判定の確認、ラベルの追加
構想、PoC、本番、運用の4段階で、社外費用と社内工数がどう変わるかを示す図 1.構想 2.PoC 3.本番 4.運用(毎年) 社外費用 社内工数(人件費換算) 高さは費用の大きさの傾向を示す模式図
4段階の費用の性質。PoCまでは「検証の費用」、本番以降は「仕組みの費用」で、本番の段階で機器と連携の費用が一気に増える。

1. 構想の費用

構想の段階では、課題の整理、テーマの選定、データの所在と状態の確認を行います。社外の費用は小さいことが多いものの、現場ヒアリングやデータの調査に社内の時間がかかります。この段階を省くと、後の段階で手戻りが起き、全体の費用が増えます。

2. PoCの費用

PoCの費用は、対象範囲、データがすでにあるか、撮像やセンサを新たに用意するか、評価期間、ベンダーの体制で大きく変わります(詳しくはAI PoCの費用と期間)。見積もりに出にくいのが、正解ラベル付けと判定基準の整備の社内工数です。何を不良とするかを熟練者が判断し、画像やデータに印を付ける作業は、外注しても社内の確認が必要です。

3. 本番の費用

本番の段階で、費用が最も大きくなります。PoCでは仮設だったカメラや照明を本設置し、全品種に対応する治具を作り、判定結果をMESに書き戻す連携を開発し、AIが止まったときの代替手順を整えます。PoCの費用しか見ていないと、この段階で予算が足りなくなります。

4. 運用の費用

運用の費用は毎年かかります。ソフトのライセンス、クラウドの利用料、保守契約、品種追加や精度劣化に対応する再学習、精度の監視です。初期費用に比べて小さく見えても、3〜5年の累計では大きな額になります(AIの運用コスト)。

見積もりを段階別に分けて取る理由

ベンダーに見積もりを依頼するときは、4段階を分けて出してもらいます。理由は3つあります。

  1. 判断のたびに必要な金額が分かる:PoCの後に「本番に進むか」を判断するには、本番と運用の費用が分かっていなければなりません。PoCの見積もりと同時に、本番と運用の概算も出してもらいます。
  2. 比較ができる:ある会社はPoCが安く本番が高い、別の会社はPoCが高く本番が安い、ということがあります。段階別に分けないと、総額での比較ができません。
  3. 前提条件が見える:段階ごとに分けると、どの費用がどの前提(撮像条件、データの状態、連携の範囲)に依存しているかが見え、後からの追加費用を防げます。

見積書の確認の仕方はAI開発の見積書の読み方で扱います。

社内工数を費用に入れる

社内工数を費用に入れないと、AIの投資判断が甘くなり、本番後に「思ったより人手がかかる」という不満につながります。見積もりに出にくい費用は見落とされやすいAIの隠れコスト、投資回収期間の出し方は製造業AIのROI試算で扱います。

用途ごとに重くなる費用項目

用途重くなりやすい費用項目
外観検査カメラ・照明・治具、品種ごとの撮像条件の調整、不良画像のラベル付け
予知保全センサと通信の設置、正常データの収集期間、保全記録の整理
需要予測・生産計画マスタデータの整備(品番・工程・標準時間)、ERP・MESとの連携
品質分析工程データとロット・検査結果の紐付け、時刻のずれの補正
生成AI(社内文書)文書の整理と更新の仕組み、回答の正しさの評価、情報漏えい対策

外観検査の費用の内訳やデータ基盤の費用は、用途別・データ基盤の各セクションで詳しく扱っています。

よくある質問

製造業のAI導入費用の相場はいくらですか?

用途、対象範囲、データの状態で桁が変わるため、一般的な相場は示しにくいのが実情です。公的な統計もありません。自社の見積もりを段階別に取り、3〜5年の総額で比べることをおすすめします。既製品の外観検査を1ラインに入れる場合と、複数工場のデータ基盤から作る場合では、費用は大きく異なります。

補助金で費用を抑えることはできますか?

対象の補助金があれば可能です。ただし補助金ごとに対象となる費用(登録ツールに限る、設備投資に限るなど)と、賃上げなどの要件が違います。運用費は補助の対象外になることが多い点にも注意が必要です。

PoCの費用を安く抑えると、どんなリスクがありますか?

評価データの範囲や期間を削ると、本番での精度を見誤ります。また、本番の費用を見積もらないままPoCを進めると、本番判断の段階で予算が合わず止まります。PoCは安さより、本番判断に必要な情報が得られるかで設計します。

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この記事を書いた人

株式会社サオス

株式会社サオス 製造DX部

DELMIA Apriso を中核とした MES / 製造DX の導入・運用・人材育成と、製造業向けAIの調査・開発・教育を手がけるITコンサルティング企業。ISO 9001:2015 / ISO 27001:2022 認証取得。 日本・中国・米国で製造業のMES・データ基盤・AI導入を手がけた実務者が、欧米・中国の一次情報にあたって書いています。