ヒストリアンは「監視と記録」のために設計されている

ヒストリアン(プロセスヒストリアン)は、PLCやSCADAから集めたタグの時系列データを、圧縮して長期間保存するデータベースです。プロセス産業を中心に広く使われ、PI Systemなどの製品が知られています。ISA-95ではレベル3の製造オペレーション管理を支えるシステムの1つに位置づけられます。

ヒストリアンの本来の目的は、運転の監視、トレンドの確認、トラブル時の振り返り、報告書の作成です。人がトレンドグラフを見て判断するのに十分な精度で、できるだけ長く、できるだけ少ない容量で保存するように設定されています。この設計思想が、AIの学習データとして使うときに問題を起こします。

落とし穴1:圧縮で変化が消えている

多くのヒストリアンは、値の変化が一定の幅(デッドバンド)以内なら記録しない、あるいは直線で補間できる点を間引くといった圧縮をかけます。人が見るトレンドグラフとしては十分ですが、AIにとっては次のような情報が失われます。

  • 小さな変動:異常の兆候が、デッドバンドより小さい変化として現れている場合、記録されていない
  • ばらつき:値のゆらぎ(標準偏差)が特徴量として重要なのに、圧縮で平滑化されている
  • 変化のタイミング:記録された点の間は補間値なので、変化が起きた正確な時刻が分からない
元の信号は細かく変動しているが、圧縮後は記録点を結んだ直線になり、変動とばらつきの情報が失われることを示す図 時間 元の信号(変動とばらつきを含む) 圧縮後の記録(4点のみ)
デッドバンド圧縮の影響。元の信号の小さな変動が、圧縮後は直線に置き換わる。

圧縮の設定はタグごとに異なり、導入時に担当者が決めたまま変更されていないことがよくあります。AIで使う予定のタグについて、圧縮の有無とデッドバンドの幅を確認してください。

落とし穴2:サンプリング周期が用途に合っていない

ヒストリアンへの収集周期は、多くの場合1秒〜1分程度です。温度や流量のようにゆっくり変化するプロセス値の監視には十分ですが、AI用途によっては不足します。

AI用途必要な情報必要な周期の目安ヒストリアンで足りるか
プロセス品質予測(化学・食品など)温度・圧力・流量の推移秒〜分足りることが多い
稼働分析・チョコ停分析状態の変化と時刻状態変化のたびに記録状態変化の記録設定による
成形・プレスのサイクル単位の品質予測1サイクル内の圧力・速度の波形ミリ秒〜10ミリ秒不足することが多い
回転機の振動による予知保全振動波形と周波数成分キロヘルツ帯のサンプリング不足する(専用の収集が必要)

振動の周波数分析には、分析したい周波数の2倍を超えるサンプリング周波数が必要です(標本化定理)。軸受の異常を捉えるには数kHz〜数十kHzのサンプリングが必要になることが多く、1秒周期のヒストリアンのデータでは原理的に分析できません。こうした高頻度データは、エッジで専用に収集して特徴量化する設計になります。詳しくは振動・画像など高頻度データの扱いで扱います。

落とし穴3:タグの意味と文脈がない

ヒストリアンのタグ名は、導入した時期や担当者、設備ベンダーによってばらばらなことが多く、単位や設備IDが付いていないこともあります。「FIC1023.PV」が何のどの流量計か、単位は何かを調べるには、計装図やPLCのプログラムを確認する必要があります。

さらに、ヒストリアンには品番・ロット・作業指示といった生産の文脈がありません。品種によって正常範囲が違うプロセスでは、品番の情報なしに学習すると、品種切替を異常と誤認するモデルになります。文脈はMESから取得し、時刻をキーに紐付ける必要があります。紐付けの方法はMESとAIの関係、タグの命名規則は設備タグの命名規則を参照してください。

PoC前の確認とAI用途への見直し

ヒストリアンのデータを使うAIのPoCを始める前に、次の確認を行います。

確認の結果、データが不足している場合の対処は3通りあります。1つ目は、AIで使うタグに限って圧縮を弱め、収集周期を短くすることです。容量は増えますが、対象タグを絞れば影響は限定的です。2つ目は、高頻度データ用の収集をエッジに別途設け、特徴量だけをヒストリアンやデータ基盤に送ることです。3つ目は、設定を見直した後のデータが溜まるまで待つことで、過去データでは学習できないことを受け入れる判断です。

いずれの場合も、ヒストリアンの設定変更は、既存の監視や報告書に影響しないかを運用担当と確認してから行ってください。ヒストリアンとレイクハウスなど他の蓄積先との役割分担は時系列DBとヒストリアンの選び方で扱います。

よくある質問

圧縮をすべて無効にすればよいのではありませんか?

全タグの圧縮を無効にすると、保存容量と検索の負荷が大きく増えます。AIで使うタグに限って設定を見直すのが現実的です。どのタグが必要かは、ユースケースから逆算して決めてください。

過去のデータが圧縮されていた場合、AIには使えませんか?

ゆっくり変化するプロセス値の傾向をとらえる用途なら使えることがあります。ばらつきや小さな変動を特徴量にする用途には向きません。まず過去の異常事例で、変化が記録されているかを確認してください。

ヒストリアンのデータをクラウドのレイクハウスに移すべきですか?

AIの学習で大量の過去データを繰り返し読む場合や、MESのデータと結合して分析する場合は、レイクハウスに複製すると便利です。ヒストリアンは現場の監視用として残し、AI用の蓄積は別に持つ構成がよく取られます。

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この記事を書いた人

株式会社サオス

株式会社サオス 製造DX部

DELMIA Apriso を中核とした MES / 製造DX の導入・運用・人材育成と、製造業向けAIの調査・開発・教育を手がけるITコンサルティング企業。ISO 9001:2015 / ISO 27001:2022 認証取得。 日本・中国・米国で製造業のMES・データ基盤・AI導入を手がけた実務者が、欧米・中国の一次情報にあたって書いています。