トレーサビリティのデータはAIの学習データの「骨格」になる

トレーサビリティ(追跡可能性)は、製品やロットについて「いつ・どこで・どの部材で・どの設備と条件で・誰が作り、検査結果はどうだったか」を後から辿れる状態を指します。この履歴は、品質AIにとって次の2つの意味を持ちます。

  • 正解ラベルの置き場所:良否判定、不良コード、顧客クレームがロットやシリアルに紐付いて記録されている
  • 特徴量をつなぐキー:設備の時系列データや部材の受入検査値を、どの製品の結果と結び付けるかを決める

設備のセンサデータだけを集めても、そのデータがどの製品のどの工程のものか分からなければ、良否と関連付けられません。ISA-95でいうL3(製造オペレーション管理)にあたるMESは、作業指示・ロット・実績・品質判定・設備状態を持っており、この紐付けの役割を担います。MESとAIの関係全体はMESとAIの関係で扱っています。

履歴があるとAIでできる3つのこと

ロット・シリアルの履歴があると、品質AIで次の3つができるようになります。

できること何をするか必要な紐付け効果の測り方
1 不良の要因分析不良品と良品で、部材ロット・設備・条件・作業者の違いを統計やAIで比べる製品(ロット)× 工程 × 条件・部材要因特定までの日数
2 影響範囲の特定原因と分かった部材ロットや設備の異常期間から、同じ条件で作られた製品を洗い出す部材ロット → 製品の逆引き対象の洗い出しにかかる時間
3 リコール・選別範囲の最小化影響を受けた可能性のある製品を、条件で絞り込むシリアル単位、または小さいロット単位選別・回収の対象数

1の要因分析では、決定木や勾配ブースティングとSHAP(各要因の寄与を示す手法)のような手法で、不良と関係の強い条件を候補として挙げます。ただし、観測データだけで因果は断定できません。AIが挙げた候補は、条件を変えた検証で確かめます。この手順は製品系譜(ジェネオロジー)で不良の真因を追うで詳しく扱っています。

2と3は、AIというより検索の問題ですが、紐付けの粒度で結果が大きく変わります。1日分を1ロットとして管理している工場では、ある部材ロットに問題が見つかったとき、その日に作った全製品が対象になります。部材の投入時刻と製品シリアルが紐付いていれば、対象を数十個まで絞り込めることがあります。

粒度が精度の上限を決める

トレーサビリティの粒度は、AIの精度の上限を決めます。次の図は、紐付けの粒度ごとにAIで分かることの違いを示したものです。

日単位ロット、作業指示単位ロット、シリアル単位の3段階の粒度と、分析できる内容 日単位・大ロット「この日は不良が多い」条件は日平均でしか比べられない回収範囲:日単位 作業指示・小ロット部材ロット・設備・段取りとの対応が分かる工程条件はロット平均回収範囲:ロット単位 シリアル単位製品1個ごとの条件・波形と良否が対応個体別の予測が可能回収範囲:個体単位
トレーサビリティの粒度と、品質AIで分析できることの関係。粒度が細かいほど、不良と条件の対応が明確になる。

すべての製品をシリアル管理する必要はありません。粒度は、製品の単価、不良1件あたりの損失、顧客からの要求で決めます。自動車部品のように顧客がシリアル単位のトレーサビリティを求める場合は、その要求が粒度の下限になります。それ以外の製品では、作業指示(オーダー)単位のロットで、部材ロットの切替時刻と段取り時刻が分かれば、要因分析に必要な情報の多くは揃います。

紐付けを作るためにMESで確認する5項目

品質AIに使えるトレーサビリティがあるかは、MES(またはそれに代わる記録)で次の5項目を確認すると分かります。

  1. 部材ロットの投入記録:どの部材ロットを、どの作業指示に、いつ投入したかが記録されているか。投入をバーコードで読んでいるか、計画上の割当だけか
  2. 設備と作業者:各工程で、どの設備・どの作業者が作業したかが記録されているか
  3. 工程条件との時刻の対応:作業の開始・終了時刻が記録され、設備の時系列データと同じ時刻基準で結合できるか
  4. 検査結果の紐付け:工程内検査・最終検査の結果と不良コードが、ロットやシリアルに紐付いているか
  5. 手直し・再投入の記録:手直し品や再投入品が、元のロットとの関係を保ったまま記録されているか

5は見落とされがちです。手直し品を新しいロットとして扱うと、不良の発生工程と、その後の工程での結果がつながらなくなります。

よくある質問

MESがない工場でもトレーサビリティを作れますか?

作れます。作業指示書にバーコードを付け、部材投入と工程の開始・終了をハンディ端末で読むだけでも、ロットと部材・設備・時刻の対応は記録できます。ただし、記録の仕組みが工程ごとに別々になると結合が難しくなるため、コード体系は最初から共通にしておきます。

シリアル管理にすると費用はどのくらい増えますか?

刻印・ラベル貼付・読取の設備と、MESのデータ量の増加が主な費用です。製品の単価や顧客要求によって見合うかが変わるため、不良1件・回収1件あたりの損失と比べて判断します。高単価の製品や安全部品では、回収範囲を絞れる効果が大きくなります。

要因分析のAIが出した結果はそのまま信じてよいですか?

信じてはいけません。観測データから分かるのは相関で、因果ではありません。AIが挙げた要因の候補は、条件を変えた試作や、過去の類似事例との照合で確かめます。要因分析は、検証すべき仮説の候補を絞り込む道具として使います。

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この記事を書いた人

株式会社サオス

株式会社サオス 製造DX部

DELMIA Apriso を中核とした MES / 製造DX の導入・運用・人材育成と、製造業向けAIの調査・開発・教育を手がけるITコンサルティング企業。ISO 9001:2015 / ISO 27001:2022 認証取得。 日本・中国・米国で製造業のMES・データ基盤・AI導入を手がけた実務者が、欧米・中国の一次情報にあたって書いています。