RAGは「検索」と「生成」を分けて考える
RAG(Retrieval-Augmented Generation、検索拡張生成)は、質問に関係する社内文書を先に検索し、その文書を根拠としてLLMに回答を作らせる仕組みです。LLMに社内文書を学習させるのではなく、質問のたびに必要な部分を渡します。文書を差し替えれば回答も変わるため、改訂の多い製造業の文書と相性がよい方式です。
回答が間違うとき、原因は「正しい文書が検索されなかった」か「正しい文書を渡したのにLLMが誤った」のどちらかです。製造業のRAGでは、前者が圧倒的に多くなります。旧版の手順書が検索される、別品番の記録が混ざる、表が分割で壊れて数値が読めない、といった問題です。
5層構成:取込・分割・索引・検索・生成
- 取込:対象の文書を集め、最新版かどうか、誰が閲覧してよいかを確認します。文書管理システムやPLMから取り込む場合は、承認済みの版だけを対象にします。
- 分割(チャンク化):文書を検索しやすい単位に切ります。手順書なら手順の単位、品質記録なら1件の報告単位、マニュアルなら章や節の単位が基本です。固定の文字数で切ると、表や手順の途中で切れてしまいます。
- 索引:切った単位ごとに、意味を数値化した埋め込みベクトルと、メタデータ(品番、工程、設備、改訂番号、発行日、機密区分)を付けて保存します。
- 検索:質問に近い単位を探します。メタデータで範囲を絞ってから意味の近さで探し、品番や不良コードのような記号はキーワード検索も併用します(ハイブリッド検索)。
- 生成:検索した文書を渡してLLMに回答を作らせ、どの文書のどの箇所を根拠にしたかを表示させます。
文書の種類ごとの注意点
製造業の社内文書は、種類によって崩れやすいところが違います。
| 文書 | 分割の単位 | 必須のメタデータ | 崩れやすい点 |
|---|---|---|---|
| 作業手順書・SOP | 手順(作業要素)単位 | 品番、工程コード、改訂番号 | 旧版の混入、写真・図の欠落 |
| 設備マニュアル | 章・節単位 | 設備型式、製造番号範囲 | 型式違いの取り違え |
| 図面 | 図面1枚+注記・表題欄 | 図番、版数、品番 | 寸法・公差の読み取り誤り |
| 不具合報告・8D | 1件単位 | 品番、工程、不良コード、発生日 | 表記揺れ、自由記述の省略語 |
| 保全記録 | 1件単位 | 設備ID、故障部位、処置区分 | 設備IDの不統一 |
| 規格・社内基準 | 条項単位 | 規格番号、版、適用範囲 | 数値表の分割崩れ |
日立は2026年6月に提供を始めた品質保証向けの「品質ナレッジシステム」について、自社工場でトラブル対応事例の検索時間を約9割削減したとしています(同社発表)。設備故障診断のエージェントでは、日立と三菱ケミカルが2025年12月から、P&ID(配管計装図)や設備図面をナレッジグラフ化し、保全記録と合わせて使う共同検証を始めています。どちらも文書を単純に検索させるのではなく、文書間・設備間の関係を整理した上で使っている点が共通しています。
構築の順番:LLM選定は最後でよい
製造業のRAGは、次の順で進めると手戻りが少なくなります。
ステップ3で、マスタをMESから引けるかどうかが効きます。文書側に品番が書かれていても、改番や派生品番の関係はMESや生産管理のマスタにしかないことが多いからです。データ品質の問題は製造業全体の課題で、IPA「DX動向2026」では日本企業のデータ整備・管理・流通の課題として「データの標準化が難しい」が36.8%に上ります。RAGの対象文書も例外ではありません。
精度改善の具体的な項目はRAGの精度が出ないときに見直す6項目、評価の方法は社内文書RAGの評価方法で詳しく扱っています。MESのデータとAIの関係はMESとAIの関係を参照してください。
よくある質問
RAGとファインチューニングはどちらを選ぶべきですか?
社内文書の内容を答えさせる用途なら、まずRAGです。文書の改訂がすぐ反映され、回答の根拠を示せます。ファインチューニングは、社内用語や文書の書き方をモデルに覚えさせたい場合に、RAGと組み合わせて検討します。
スキャンしたPDFの手順書も使えますか?
OCRでテキスト化すれば使えますが、表や図の読み取りで誤りが出やすくなります。重要な手順書は、OCR結果を人が確認するか、元の電子データ(Word、Excel、PLMの文書)から取り込むほうが確実です。
どれくらいの文書量から効果がありますか?
量より「探すのに時間がかかっているか」で判断します。数百件の不具合報告でも、毎回担当者が30分探しているなら効果があります。逆に数万件あっても、ほとんど参照されない文書なら優先度は低くなります。
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