RAGは「検索」と「生成」を分けて考える

RAG(Retrieval-Augmented Generation、検索拡張生成)は、質問に関係する社内文書を先に検索し、その文書を根拠としてLLMに回答を作らせる仕組みです。LLMに社内文書を学習させるのではなく、質問のたびに必要な部分を渡します。文書を差し替えれば回答も変わるため、改訂の多い製造業の文書と相性がよい方式です。

回答が間違うとき、原因は「正しい文書が検索されなかった」か「正しい文書を渡したのにLLMが誤った」のどちらかです。製造業のRAGでは、前者が圧倒的に多くなります。旧版の手順書が検索される、別品番の記録が混ざる、表が分割で壊れて数値が読めない、といった問題です。

5層構成:取込・分割・索引・検索・生成

取込、分割、索引、検索、生成の5層と各層の製造業での論点 1 取込版・権限の確認 2 分割章・表・図の単位 3 索引埋め込み+メタデータ 4 検索絞込み+ハイブリッド 5 生成根拠の提示 データ整備の領域:文書管理・PLM・MESのマスタが効く AI製品・LLMの領域 誤答の原因の多くは「正しい文書が検索されない」こと LLMの選定は5層目の話で、後から差し替えられる
RAGの5層構成。精度の大半は左側の3層で決まる。
  1. 取込:対象の文書を集め、最新版かどうか、誰が閲覧してよいかを確認します。文書管理システムやPLMから取り込む場合は、承認済みの版だけを対象にします。
  2. 分割(チャンク化):文書を検索しやすい単位に切ります。手順書なら手順の単位、品質記録なら1件の報告単位、マニュアルなら章や節の単位が基本です。固定の文字数で切ると、表や手順の途中で切れてしまいます。
  3. 索引:切った単位ごとに、意味を数値化した埋め込みベクトルと、メタデータ(品番、工程、設備、改訂番号、発行日、機密区分)を付けて保存します。
  4. 検索:質問に近い単位を探します。メタデータで範囲を絞ってから意味の近さで探し、品番や不良コードのような記号はキーワード検索も併用します(ハイブリッド検索)。
  5. 生成:検索した文書を渡してLLMに回答を作らせ、どの文書のどの箇所を根拠にしたかを表示させます。

文書の種類ごとの注意点

製造業の社内文書は、種類によって崩れやすいところが違います。

文書分割の単位必須のメタデータ崩れやすい点
作業手順書・SOP手順(作業要素)単位品番、工程コード、改訂番号旧版の混入、写真・図の欠落
設備マニュアル章・節単位設備型式、製造番号範囲型式違いの取り違え
図面図面1枚+注記・表題欄図番、版数、品番寸法・公差の読み取り誤り
不具合報告・8D1件単位品番、工程、不良コード、発生日表記揺れ、自由記述の省略語
保全記録1件単位設備ID、故障部位、処置区分設備IDの不統一
規格・社内基準条項単位規格番号、版、適用範囲数値表の分割崩れ

日立は2026年6月に提供を始めた品質保証向けの「品質ナレッジシステム」について、自社工場でトラブル対応事例の検索時間を約9割削減したとしています(同社発表)。設備故障診断のエージェントでは、日立と三菱ケミカルが2025年12月から、P&ID(配管計装図)や設備図面をナレッジグラフ化し、保全記録と合わせて使う共同検証を始めています。どちらも文書を単純に検索させるのではなく、文書間・設備間の関係を整理した上で使っている点が共通しています。

構築の順番:LLM選定は最後でよい

製造業のRAGは、次の順で進めると手戻りが少なくなります。

ステップ3で、マスタをMESから引けるかどうかが効きます。文書側に品番が書かれていても、改番や派生品番の関係はMESや生産管理のマスタにしかないことが多いからです。データ品質の問題は製造業全体の課題で、IPA「DX動向2026」では日本企業のデータ整備・管理・流通の課題として「データの標準化が難しい」が36.8%に上ります。RAGの対象文書も例外ではありません。

精度改善の具体的な項目はRAGの精度が出ないときに見直す6項目、評価の方法は社内文書RAGの評価方法で詳しく扱っています。MESのデータとAIの関係はMESとAIの関係を参照してください。

よくある質問

RAGとファインチューニングはどちらを選ぶべきですか?

社内文書の内容を答えさせる用途なら、まずRAGです。文書の改訂がすぐ反映され、回答の根拠を示せます。ファインチューニングは、社内用語や文書の書き方をモデルに覚えさせたい場合に、RAGと組み合わせて検討します。

スキャンしたPDFの手順書も使えますか?

OCRでテキスト化すれば使えますが、表や図の読み取りで誤りが出やすくなります。重要な手順書は、OCR結果を人が確認するか、元の電子データ(Word、Excel、PLMの文書)から取り込むほうが確実です。

どれくらいの文書量から効果がありますか?

量より「探すのに時間がかかっているか」で判断します。数百件の不具合報告でも、毎回担当者が30分探しているなら効果があります。逆に数万件あっても、ほとんど参照されない文書なら優先度は低くなります。

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この記事を書いた人

株式会社サオス

株式会社サオス 製造DX部

DELMIA Apriso を中核とした MES / 製造DX の導入・運用・人材育成と、製造業向けAIの調査・開発・教育を手がけるITコンサルティング企業。ISO 9001:2015 / ISO 27001:2022 認証取得。 日本・中国・米国で製造業のMES・データ基盤・AI導入を手がけた実務者が、欧米・中国の一次情報にあたって書いています。