保全ナレッジAIアシスタントがやること

保全ナレッジAIアシスタントは、設備のトラブル時に保全担当者の質問に答える仕組みです。「3号機の油圧ユニットで圧力が上がらない」と入力すると、設備マニュアルの該当箇所、過去の同じ症状の保全記録、そのときの処置と交換部品を探し出し、確認の手順を示します。

中身はRAG(検索拡張生成)です。検索対象は主に3種類あります。

データ中身よくある課題
設備マニュアルメーカーの取扱説明書、保守要領PDFの版が複数ある、図表が多い
保全履歴CMMS(保全管理システム)の作業記録、故障報告記述が短く、原因が書かれていない
社内手順・図面点検基準、P&ID、電気図面改訂が反映されていない

アシスタントが役立つかどうかは、モデルの性能よりもこの3種類のデータの質で決まります。

国内外の事例

この分野は、大手のベンダーと製造業が実証を進めている段階です。公表されている内容を並べます。

Siemens保全Copilotのパイロットでの事後保全時間の短縮
平均25%
Siemens発表(2025年3月、Senseye向け)
日立×ダイキン 故障診断AIエージェントの対応時間
半減(目標)
日立発表(2025年4月試験運用開始)
日立「品質ナレッジシステム」でのトラブル対応事例の検索時間削減
約9割
日立発表(2026年6月、自社工場)

Siemensは2025年3月、予知保全製品Senseye向けの生成AI「Maintenance Copilot」を拡充し、パイロットで事後保全の時間が平均25%短縮したと発表しました。Erlangenの電子工場では、24時間の現場トラブルシュートと保全にCopilotのチャットボットを使っているとしています。

日立は2025年4月、ダイキン工業の工場で設備故障診断AIエージェントの試験運用を始めました。設備図面や保全記録をナレッジグラフとして取り込み、多言語に対応して海外拠点でも使える形にしています。2025年12月には三菱ケミカルの四日市の事業所で、P&IDや設備図面をナレッジグラフ化し、保全記録と日立独自の故障原因分析プロセスを学習させた共同検証を始めました。いずれも検証段階で、対応時間の数字は目標値です。

数字はすべて各社の発表で、対象設備や比較の条件は公開されていません。自社の効果を見積もる材料というより、どの方向に進んでいるかを知る材料として読んでください。保全向け製品の比較は保全Copilotの比較で扱っています。

データの整え方:版管理と保全記録の書き方

マニュアルは版を管理してから入れる

RAGで多い誤答の原因は、古い版のマニュアルを参照することです。同じ設備でも、改造や部品の型式変更で手順が変わっています。マニュアルを取り込む前に、設備ごとに現行版を1つに決め、旧版は検索対象から外します。設備ID、型式、版数、適用開始日をメタデータとして付けておけば、質問された設備に合う版だけを検索できます。

保全記録は「原因」と「判断」を書く

多くの工場の保全記録は「ベアリング交換」「センサ清掃」のような処置だけで、症状や原因、判断の根拠が書かれていません。これではRAGが過去の事例を引き当てても、なぜその処置をしたかが分かりません。今後の記録から、症状、確認したこと、推定原因、処置の4項目を書く形式に変えると、半年から1年で使える事例が蓄積されます。

設備マニュアル、保全履歴、図面、設備データを設備IDで結び付け、RAGを経て保全担当者に回答し、対応結果を保全履歴に戻す構成 設備マニュアル(現行版) 保全履歴(CMMS) 図面・点検基準 設備データ・アラーム 設備IDで紐付け版数・型式のメタデータ RAG検索+回答生成 保全担当者根拠付きの回答 対応結果を保全履歴に記録し、次の検索対象にする
保全ナレッジAIアシスタントの構成。設備IDでマニュアル・保全履歴・設備データを結び付ける。

設備IDを軸に、設備データのアラームや異常検知の結果も一緒に渡せると、アシスタントは「どの設備で何が起きているか」を踏まえて答えられます。CMMSの設備マスタとMESの設備マスタでIDが違う工場は多いので、対応表を先に作ってください。

効果の測り方

効果は、回答の正しさと、現場の時間の短縮の両方で測ります。

  • 回答の正答率:熟練者が実際の質問への回答を採点する
  • 根拠の正確さ:回答に添えたマニュアルや記録が正しい箇所を指しているか
  • 復旧時間:トラブル発生から復旧までの時間を、導入前後で同じ種類の故障について比べる
  • 熟練者への問い合わせ件数:若手や夜勤者から熟練者への電話・呼び出しが減ったか

よくある質問

海外メーカーの英語マニュアルでも使えますか

生成AIは多言語の文書を検索・要約できるため、英語マニュアルのまま取り込んで日本語で回答させる構成は可能です。ただし専門用語の訳語がぶれやすいので、社内の用語集をあわせて渡すと安定します。

クラウドの生成AIに設備マニュアルを渡してよいですか

メーカーのマニュアルには第三者への開示を制限する条項がある場合があります。社内の図面や保全記録も機密情報に当たります。契約条件と社内の生成AI利用ルールを確認し、必要なら閉域環境やオンプレミスの構成を選んでください。

予知保全のAIとはどう違うのですか

予知保全のAIは設備データから異常や故障の兆候を検知するもので、保全ナレッジAIは検知した後や故障した後に「何をすればよいか」を答えるものです。両者を設備IDで結ぶと、検知から処置までを一続きにできます。

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この記事を書いた人

株式会社サオス

株式会社サオス 製造DX部

DELMIA Apriso を中核とした MES / 製造DX の導入・運用・人材育成と、製造業向けAIの調査・開発・教育を手がけるITコンサルティング企業。ISO 9001:2015 / ISO 27001:2022 認証取得。 日本・中国・米国で製造業のMES・データ基盤・AI導入を手がけた実務者が、欧米・中国の一次情報にあたって書いています。