マテリアルズ・インフォマティクスとは

マテリアルズ・インフォマティクス(MI)は、材料開発にデータ科学と機械学習を使う手法の総称です。製造業の実務で最もよく使われるのは、過去の実験結果から「組成や条件と特性の関係」を学習し、次にどの組成・条件で実験すれば目標の特性に早く近づけるかを提案させる使い方です。これを逐次学習(アクティブラーニング)と呼びます。

実験を1回終えるたびにモデルを更新し、次の実験候補を選び直すため、闇雲に実験を重ねるより少ない回数で良い候補に到達できます。考え方は、製造条件の最適化に使うベイズ最適化と同じです。

目的と制約の定義、初期実験、予測モデルの学習、獲得関数による次の実験候補の提案、実験と評価を繰り返し、最後に検証実験を行う流れ 目的・制約の定義特性目標・安全範囲 初期実験5〜10点 予測モデル不確かさ付き 次の実験を提案期待改善量など 実験・評価結果をデータに追加 検証実験で確定
逐次学習のサイクル。実験結果でモデルを更新し、次の実験を選ぶ。

研究の数字:最良候補まで24回対219回

Citrine Informaticsの研究者らは2017年、50次元を超える材料・プロセスの最適化に、不確かさ付きのランダムフォレストを使った逐次学習(FUELS)を適用しました。ランダムに実験を選ぶ場合と比べ、平均3分の1の測定回数で最良の候補を見つけたと報告しています。

同じ研究の鋼の疲労強度のデータセット(候補437)では、最良候補に到達するまでの平均測定数が、逐次学習(FUELS-MLI)で24回、ランダム探索で219回でした。約9分の1です。

鋼の疲労強度で最良候補に到達するまでの平均測定数(逐次学習対ランダム探索)
24回 対 219回
Lingら(Citrine Informatics, arXiv 1704.07423, 2017)
50次元超の最適化での平均測定回数(ランダム探索比)
約1/3
同研究
射出成形の条件出しの実験回数(ベイズ適応実験計画対中心複合計画)
16回 対 31回
Kariminejadら(Scientific Reports, 2024年11月)

材料以外の製造条件でも同じ傾向が出ています。射出成形の条件出しにガウス過程と期待改善量によるベイズ適応実験計画を使った研究(Kariminejadら, 2024年)では、単目的の最適化で16実験で済み、中心複合計画をベースにした方法の31実験から「ほぼ50%」減りました。金型内温度差とサイクルタイムの多目的では22実験で約30%の削減でした。同研究では、従来の望ましさ関数による手法がPOM(ポリアセタール)には高すぎる235℃のバレル温度を提案したのに対し、ベイズ手法は約195℃に保ったと報告しています。化学反応の最適化でも、ベイズ最適化が専門家より少ない実験数で、より安定して良い条件に到達したという研究があります(Shieldsら, Nature, 2021年)。

ランダム探索との比較は、比べる相手として最も弱いものです。実務の研究者は経験と知見で実験を選ぶため、実際の削減幅は研究の数字より小さくなると考えるのが妥当です。

成否を分けるのは実験データの持ち方

逐次学習の手法自体は、オープンソースのライブラリで手軽に試せます。それでも企業での導入が進みにくいのは、過去の実験データが学習に使える形で残っていないからです。よくある状態は次のとおりです。

  • 実験ノートやExcelが研究者ごとにばらばらで、項目名や単位が揃っていない
  • うまくいった実験だけが報告書に残り、失敗した実験の条件と結果が残っていない
  • 原料のロットや前処理、測定装置の条件が記録されていない
  • 組成は記録されていても、製造プロセスの条件(温度履歴、混練時間)が抜けている

失敗した実験の記録は特に重要です。モデルは「この条件では良くならない」ことも学習するため、成功例だけのデータでは探索の効率が落ちます。

記録すべき項目例抜けやすい理由
組成・配合元素比、添加剤の種類と量比較的残っている
プロセス条件温度履歴、圧力、時間、混練条件装置ログに残り、実験ノートと紐付いていない
原料情報供給元、ロット、純度「いつもの原料」として省略される
評価条件測定装置、試験片の形状、測定者装置の担当者しか知らない
結果特性値、外観、失敗の内容失敗は記録されないことが多い

プロセス条件と原料ロットは、量産に近い試作であればMESやLIMS(試験室情報管理システム)に残っていることがあります。研究開発の実験データと量産の製造データを同じ品目コードやロット番号で紐付けておくと、ラボで見つけた条件を量産に移したときの差も分析できます。

導入の手順

  1. 目的とする特性と制約(規格値、安全範囲、コスト上限)を定義する
  2. 過去の実験データを集め、項目と単位を揃えた表にする。失敗例も含める
  3. 過去データが少ない場合は、実験計画法で初期実験を5〜10点行う
  4. 不確かさを出せるモデル(ガウス過程、不確かさ付きランダムフォレスト)で学習する
  5. 獲得関数(期待改善量など)で次の実験候補を提案させ、研究者が確認して実験する
  6. 結果を追加してモデルを更新し、目標に達したら検証実験で再現性を確かめる

よくある質問

過去の実験データがほとんどなくても始められますか

始められます。逐次学習は少ないデータから始めて、実験しながらデータを増やす方式です。初期実験を実験計画法で散らばらせて行えば、10点程度からでもモデルを作れます。

生成AIは材料開発に使えますか

論文や特許の調査、実験計画の下書き、データの整理には使えます。特性の予測や次の実験の提案は、不確かさを扱える専用のモデルのほうが向いています。Dassault Systèmesが材料・化学を担当するAIコンパニオン「Marie」を2026年中に提供予定とするなど、両者を組み合わせる製品も出てきています。

化学以外の業種でも使えますか

金属、セラミックス、樹脂、電池材料など、組成や条件で特性が決まる開発全般に使えます。製造工程の条件出し(成形条件、熱処理条件)にも同じ手法が使えます。

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この記事を書いた人

株式会社サオス

株式会社サオス 製造DX部

DELMIA Apriso を中核とした MES / 製造DX の導入・運用・人材育成と、製造業向けAIの調査・開発・教育を手がけるITコンサルティング企業。ISO 9001:2015 / ISO 27001:2022 認証取得。 日本・中国・米国で製造業のMES・データ基盤・AI導入を手がけた実務者が、欧米・中国の一次情報にあたって書いています。