工具摩耗の予測は「交換基準を固定値から状態基準に変える」取り組み

多くの加工現場では、工具の交換を加工数や加工時間の固定値で管理しています。「このドリルは500穴で交換」のような基準です。固定値は安全側に設定されるため、まだ使える工具を交換していることが多く、逆に材料のロット差や加工条件の違いで想定より早く摩耗した場合は、交換前に加工不良が出ることもあります。

工具摩耗の予測は、この固定値の基準を、工具の実際の状態にもとづく基準に変える取り組みです。予知保全の考え方を、設備ではなく消耗品である工具に当てはめたものと言えます。予知保全の全体像は予知保全AIとはで整理しています。

工具は同じ種類のものを繰り返し使い、交換時に摩耗量を測ることもできるため、余寿命推定(RUL)に比較的取り組みやすい対象です。設備の故障と違って、寿命まで使った事例が日常的に発生するからです。

使うデータ:主軸負荷を中心に

工具摩耗の推定に使う主なデータは次のとおりです。

データ取り方摩耗との関係
主軸負荷(主軸モータの電流・負荷率)CNCから取得摩耗が進むと切削抵抗が増え、負荷が上がる。追加センサなしで取れるのが利点
送り軸の負荷CNCから取得切削抵抗の変化が現れる。主軸負荷の補助
振動・音響(AE)後付けセンサ摩耗や欠けの兆候を早く捉えられるが、センサの取付と高速サンプリングが要る
加工条件(回転数・送り・切込み)CNCのプログラム・実行情報条件が変わると負荷も変わるため、補正に必須
工具情報(工具番号・使用回数)CNCの工具管理、工具管理システムどの工具の何回目の加工かを特定する
ワーク情報(品番・材料ロット)MES・生産管理材料の硬さの違いで摩耗の速さが変わる
交換時の摩耗量・交換理由測定・記録推定モデルの正解データになる

多くの現場で最初に使うのは主軸負荷です。CNCが制御のために常に測っている値なので、センサを追加せずに取得できます。ただし感度は振動や音響に劣るため、小径工具の摩耗や、欠けのような突発的な損傷は捉えにくくなります。

最大の壁はCNCからのデータ取得

工具摩耗の予測で最も手間がかかるのは、アルゴリズムの選定ではなく、CNCからデータを取り出す部分です。

工作機械のCNCは、メーカーごとにデータの取り出し方が違います。メーカー独自の通信ライブラリやインタフェースを使う必要があるもの、OPC UAに対応しているもの、MTConnectのような業界標準に対応しているものなどがあり、同じ工場に複数メーカーの機械があると、メーカーごとに別の接続方法が必要になります。古い機械では、外部にデータを出す機能そのものがない場合もあります。

OPC UAには、工作機械向けのコンパニオン仕様(業界ごとの情報モデル)があり、対応した機械であれば、主軸負荷や工具情報を同じ構造で取得できます。設備を横断して同じ分析をするには、こうした情報モデルで揃えて取れることが効きます。詳しくはOPC UAコンパニオン仕様の選び方で解説しています。

もう一つの課題は、サンプリングの周期です。主軸負荷を1秒ごとに取得するのか、加工中に数十ミリ秒ごとに取得するのかで、捉えられる変化が変わります。周期を短くするとデータ量が増えるため、エッジ側で加工ごとの特徴量(平均負荷、最大負荷、負荷の上昇傾向など)に変換して送るのが一般的です。

もう一つの壁:ワーク・工具・加工条件の紐付け

主軸負荷のデータだけでは、「どの工具で、どのワークを、どの条件で加工したときの負荷か」がわかりません。負荷が上がったとき、それが工具の摩耗なのか、硬い材料ロットに変わったのか、加工プログラムが変わったのかを区別できないのです。

主軸負荷データに工具番号、加工条件、ワーク品番と材料ロット、交換記録を紐付ける構成 主軸負荷の時系列CNCから取得 工具番号・使用回数CNC・工具管理 加工条件・プログラムCNC ワーク品番・材料ロットMES・生産管理 交換時の摩耗量・理由測定・記録(正解)
工具摩耗の推定に必要なデータの紐付け。負荷データに4つの文脈を付けて初めて摩耗を判断できる。

工具番号と加工条件はCNCから取れることが多いですが、ワークの品番や材料ロットはMESや生産管理システムにあります。CNCのデータとMESのデータを時刻と機械IDで結び、「この時刻のこの機械の加工は、どの作業指示のどのワークか」を特定できる必要があります。時刻がずれていると、段取り替えの前後で別のワークのデータとして扱われてしまいます。

さらに、推定モデルを作るための正解データとして、工具を交換したときの摩耗量(逃げ面摩耗幅など)と交換の理由(寿命・欠け・予防交換)を記録しておく必要があります。この記録がないと、負荷の変化がどの程度の摩耗に対応するかがわかりません。

進め方の5段階

  1. 対象を絞る:工具費が高い、または摩耗による不良が問題になっている工程と工具を1〜2種類選ぶ
  2. データの取り出し方を確認する:対象の機械から主軸負荷・工具番号・加工条件を取り出せるか、どの方式で取れるかを確かめる
  3. 紐付けと記録の仕組みを作る:MESの作業指示とCNCのデータを結び、工具交換時の摩耗量と理由を記録するルールを決める
  4. 負荷の傾向を見る:同じ工具・同じ加工条件で、使用回数とともに負荷がどう変化するかを可視化する。この段階で固定値の交換基準が適切か判断できることも多い
  5. 推定と交換基準の見直し:負荷の傾向と交換時の摩耗量から、交換すべき負荷のレベルを決める。データが溜まれば機械学習で残りの使用回数を推定する

よくある質問

工作機械メーカーの工具寿命管理機能とは何が違いますか?

多くのCNCには、加工数や時間で工具寿命を管理する機能や、負荷の上限を監視する機能があります。AIによる予測は、これに加工条件やワーク情報を加えて、工具ごとの実際の摩耗の進み方を推定する点が違います。まずはCNCの既存機能でできることを確認し、足りない部分をAIで補うのが効率的です。

古い工作機械でもできますか?

CNCから外部にデータを出せない機械では、主軸モータの電流を盤側で後付けのセンサで測る、振動センサを付けるなどの方法があります。ただし工具番号や加工条件が取れないと、データの紐付けが難しくなります。

摩耗量の測定は毎回必要ですか?

モデルを作る段階では、交換した工具の摩耗量をできるだけ測定してください。モデルができた後は、定期的な抜き取り測定で精度を確認する運用に切り替えられます。

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この記事を書いた人

株式会社サオス

株式会社サオス 製造DX部

DELMIA Apriso を中核とした MES / 製造DX の導入・運用・人材育成と、製造業向けAIの調査・開発・教育を手がけるITコンサルティング企業。ISO 9001:2015 / ISO 27001:2022 認証取得。 日本・中国・米国で製造業のMES・データ基盤・AI導入を手がけた実務者が、欧米・中国の一次情報にあたって書いています。