なぜ今、ガバナンスの仕組みが必要か

製造業の工場では、AIが部門ごとにばらばらに入り始めています。品質保証部門が外観検査AIを、保全部門が予知保全のクラウドサービスを、設計部門が生成AIを、それぞれの予算で導入している状態です。全社でどんなAIが動いているかを誰も把握していないと、次のような問題が起きます。

  • 取引先から「AIを品質判定に使っているか」と聞かれても答えられない
  • 同じ用途のAIを部門ごとに別々に契約している
  • 誤判定やデータ漏えいが起きたときに、責任者と対応手順がわからない

国の枠組みとしては、AI推進法(2025年9月全面施行)に基づく適正性指針が2025年12月19日に決定されました。法的拘束力はありませんが、AIガバナンス、透明性、安全性、事業継続、関係者への配慮の5分野を扱っており、企業が社内の仕組みを点検する観点として使えます。法律の位置づけはAI推進法とはで扱っています。

3点セットの全体像

AI台帳、リスク評価、承認フローの流れとリスク区分ごとの承認者 AI台帳全AIを1枚で把握 リスク評価5問で区分を決める ▶▶ 低:部門長が承認議事録要約・翻訳下書きなど 中:推進責任者が承認予知保全・需要予測など 高:品証・安全を含む審査品質判定・設備制御・作業者評価
AIガバナンスの3点セット。台帳で把握し、リスク評価で区分し、区分に応じた承認フローに流す。

1. AI台帳:まず全部を1枚に載せる

台帳は、社内で使っているAIを漏れなく載せることが目的です。最初から細かい項目を求めると集まらないので、次の10項目程度に絞ります。

項目記入例
名称・製品名第2工場 塗装外観検査AI
種類購入品・内製・クラウドサービス・生成AI
用途塗装ブツの検出(出荷前検査)
担当部門・責任者品質保証課 ○○課長
使うデータ検査画像、MESのロット番号
外部への送信なし(エッジで推論)
AIの判定の使い方疑わしいものを人が再判定
提供元ベンダー名、契約の種類
リスク区分高
導入日・次回見直し日2026年4月・2027年4月

「使うデータ」の列は、MESや設備データとの関係がわかるように書くのがこつです。どのシステムからどのデータを取っているかが台帳でわかれば、MESの改修や設備の更新のときに、影響を受けるAIをすぐに洗い出せます。データ基盤の管理と台帳を結び付けておくと、AIの台帳が情報システム部門の資産管理の一部として維持されやすくなります。

生成AIのように全社で使うサービスは、サービス単位で1行にまとめます。台帳はスプレッドシートで十分です。重要なのは、新しいAIを入れるときに台帳への登録を承認の条件にすることで、これで台帳が古くならずに済みます。

2. リスク評価:5つの質問で区分を決める

リスク評価は、詳細な評価シートを全件に適用するのではなく、5つの質問で区分を決め、高リスクのものだけを詳しく評価します。

  1. AIの出力が、出荷判定・品質判定の最終判断に使われるか
  2. AIが設備やロボットを直接動かす、または安全に関わる設定を変えるか
  3. 作業者や従業員の個人の評価・処遇に使われるか
  4. 極秘区分の情報や個人情報を、社外のサービスに送るか
  5. 顧客やEU向けの製品に組み込まれるか

1つでも「はい」なら高、該当はないが業務への影響が大きい(止まると生産が止まる、意思決定に使う)なら中、それ以外は低、という区分で始めるとわかりやすいです。3はEU AI Actでも高リスクの区分に当たる用途です(作業者を監視するAIの規制を参照)。

高リスクのものは、誤判定や停止の影響、人の確認の範囲、監視の指標、停止の基準を詳しく評価します。評価の項目はNIST AI RMFの考え方が参考になります(NIST AI RMFを製造業で使う)。

3. 承認フロー:既存の変更管理に乗せる

承認フローは、新しい仕組みを作るより、既存の手続きに乗せるほうが定着します。製造業には、工程変更の変更管理、設備導入の稟議、購買先の評価という手続きがすでにあります。

  • 高リスクのAI:工程変更の変更管理に載せ、品質保証と安全の担当者を審査に入れる。モデルの更新や閾値の変更も変更管理の対象にする
  • 中リスクのAI:設備・システム導入の稟議に、台帳登録とリスク評価の結果を添付する
  • 低リスクのAI:部門長の承認と台帳登録のみ

誰が持つか:推進部門と品質保証の分担

3点セットの事務局は、AI推進部門(DX推進室など)が持つのが一般的です。ただし、高リスクのAIの審査には品質保証部門の関与が欠かせません。AIの判定が品質判定に使われるなら、それは品質保証の仕組みの一部だからです。体制のつくり方はAI推進体制のつくり方で扱っています。

よくある質問

中小企業でも3点セットは必要ですか

規模に関係なく、台帳だけは作っておくと役立ちます。使っているAIが数件なら、台帳に「リスク区分」と「責任者」の列を足すだけで、3点セットの最小版になります。

AIの委員会を作るべきですか

高リスクのAIが多い、または全社で多数のAIを使っている大企業では、横断の委員会が有効です。そうでなければ、既存の品質会議や設備投資の会議でAIの議題を扱うほうが、運営の負担が小さくなります。

ベンダーのクラウドサービスに組み込まれたAI機能も台帳に載せますか

載せます。ERPやMESに追加されたAI機能、生産管理システムの需要予測機能なども、業務に影響する判断に使うなら対象です。どのデータが外部に送られるかを把握する意味でも、台帳に含めてください。

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この記事を書いた人

株式会社サオス

株式会社サオス 製造DX部

DELMIA Apriso を中核とした MES / 製造DX の導入・運用・人材育成と、製造業向けAIの調査・開発・教育を手がけるITコンサルティング企業。ISO 9001:2015 / ISO 27001:2022 認証取得。 日本・中国・米国で製造業のMES・データ基盤・AI導入を手がけた実務者が、欧米・中国の一次情報にあたって書いています。