品質AIの学習データは「1行=1つのモノ」で作る

品質AIに入れる学習データは、表にすると「1行が1つの製品(またはロット)」で、列にその製品の材料、工程条件、設備、作業者、検査結果が並んだ形になります。この表を作れることが、要因分析でも予測でも出発点です。

ところが実際の工場では、これらの情報が別々のシステムにあります。

  • 材料ロット:ERPや購買・入荷の記録
  • 工程条件:PLC、ヒストリアン、設備の記録
  • 作業実績(いつ、どの設備で、誰が):MESや作業日報
  • 検査結果:検査装置、ラボ、紙の検査記録

これらを「同じモノ」で串刺しにするキーがなければ、表は作れません。そのキーを持っているのがトレーサビリティの仕組みで、多くの工場ではMES(製造実行システム)がその役割を担います。

ERP、設備時系列、MES実績、検査結果の4つのデータ源が、ロット・シリアル・工程・時刻のキーを介して学習用データに結合される図 ERP・購買材料ロット PLC・ヒストリアン工程条件(時系列) 検査装置・ラボ検査結果 作業者・治具スキル・型番 MESロット・シリアル工程・設備・作業指示着手・完了時刻 学習用データ1行=1ロット条件+結果 時系列は「着手〜完了の時刻窓」でロットに切り出して結合する
トレーサビリティのキーで、ERP・設備・MES・検査のデータを1行に束ねる。MESのロット・シリアルと時刻が結合の軸になる。

紐付けのキーは3種類:識別子、工程、時刻

キー例何をつなぐか設計上の注意
識別子材料ロット番号、製造ロット番号、シリアル番号材料と製品、製品と検査結果分割・統合で番号が変わるときの親子関係を記録する
工程工程コード、設備ID、作業指示番号どの工程・設備で加工したか設備IDが設備台帳・PLCタグ・MESで一致しているか
時刻着手時刻、完了時刻、測定時刻時系列データとロットの対応システム間の時刻同期、搬送や滞留の時間差

識別子だけでなく、時刻のキーが必要な点が重要です。設備のセンサデータは時系列で、ロット番号を持っていません。MESが記録している「このロットはこの設備で何時何分から何時何分まで加工された」という時刻窓を使って、時系列を切り出してロットに紐付けます。システム間の時刻がずれていると、別のロットのデータを紐付けてしまいます。対策は工場データの時刻ずれ対策にまとめています。

現場でよく起きる3つの断絶と直し方

断絶1:ロットの分割・統合で系譜が切れる

材料ロットが複数の製造ロットに分かれる、複数の中間品が1つの製品に組み付けられる、といった場面で親子関係を記録していないと、不良品から材料ロットまでたどれません。MESで分割・統合のたびに親子関係(系譜)を記録する設計が必要です。系譜を使った分析は製品系譜(ジェネオロジー)で不良の真因を追うで扱っています。

断絶2:検査結果がロットに紐付いていない

検査記録が紙や検査装置のローカルファイルにあり、日付と品番しか書かれていないと、どのロットの検査かが特定できません。検査装置の結果をロット番号やシリアルと一緒にMESに登録する仕組み、紙の記録ならバーコードでロットを読み込んでから記入する運用が必要です。

断絶3:不良の記録が粗い

「不良1個」としか記録されていないと、不良の種類別の分析ができません。不良コードの体系が粗い、あるいは現場ごとに使い方が違う場合は、AIの前に不良コードを見直します。設計の原則は不良コード・停止理由コードの設計を参照してください。

MESが担う3つの役割

品質AIの観点から見ると、MESは次の3つの役割を担います。

  1. ラベルの供給元:良否判定、不良コード、停止理由など、学習の正解データを持つ
  2. 結合のキー:ロット・品番・工程・設備・作業者・時刻を持ち、時系列や検査結果をロットに紐付ける
  3. 結果の出口:AIの判定(異常の疑い)を受けてロットを保留にする、検査を追加する、作業指示を変える

3つ目は見落とされがちですが、AIが不良の兆候を見つけても、それを工程に戻す経路がなければ流出は防げません。MESを通さない品質AIは、分析レポートやダッシュボードで止まりやすくなります。MESとAIの関係全体はMESとAIの関係で整理しています。

規制業種ではトレーサビリティが義務でもある

医薬品、医療機器、自動車部品などでは、トレーサビリティは品質保証や規制対応の要件として求められています。こうした業種では、すでにロット・シリアルの記録が整っていることが多く、品質AIの土台として使えます。ただし、記録が監査対応のための紙やPDFで残っていて、分析に使える形になっていないこともあります。AIに使うには、検索・結合できるデータとして持つ必要があります。

また、AIの判定を品質判定に使う場合は、どのモデルの版で判定したかもロットに記録しておく必要があります。後で品質問題が起きたとき、判定の根拠を追跡するためです。この考え方は工場向けMLOpsで扱っています。

よくある質問

MESがない工場ではどうすればよいですか

最低限、製造ロット番号を作業日報と検査記録に必ず書き、設備ごとの加工時刻を記録する運用から始めます。バーコードとタブレットで実績を入力する簡易的な仕組みでも、紐付けの土台になります。将来MESを導入するときにも、この運用がそのまま要件になります。

シリアル単位のトレーサビリティは必要ですか

すべての工程で必要なわけではありません。品質のばらつきがロット内で大きい工程、顧客からシリアル単位の追跡を求められている製品では必要です。それ以外はロット単位で始め、必要な工程だけシリアル化するのが現実的です。

過去のデータも紐付けられますか

過去の記録にロット番号と時刻が残っていれば、後から結合できることがあります。ただし、システム間の時刻ずれや設備IDの不一致があると、紐付けの正しさを確認する作業が必要です。数か月分を試しに結合して、どれだけ欠落するかを最初に確認してください。

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この記事を書いた人

株式会社サオス

株式会社サオス 製造DX部

DELMIA Apriso を中核とした MES / 製造DX の導入・運用・人材育成と、製造業向けAIの調査・開発・教育を手がけるITコンサルティング企業。ISO 9001:2015 / ISO 27001:2022 認証取得。 日本・中国・米国で製造業のMES・データ基盤・AI導入を手がけた実務者が、欧米・中国の一次情報にあたって書いています。