振動監視は固定閾値で始め、機械学習は条件付きで足す

回転機の予知保全で最も実績があるのが振動監視です。軸受の傷、アンバランス、ミスアライメント、緩みなど、回転機の代表的な故障の多くが振動の変化として現れます。

進め方の定石は、まずISO 20816の評価ゾーンのような固定閾値で監視を始め、運転条件の変動が大きくて固定閾値では誤報が増える設備にだけ機械学習を追加することです。最初から機械学習を前提にすると、正常データの収集や再学習の運用に手間がかかり、効果が出る前にプロジェクトが止まりがちです。予知保全全体の段階については予知保全AIとはを参照してください。

ISO 20816の評価ゾーンとは

ISO 20816-1:2016は、機械振動の測定と評価の一般条件を定めた規格です。従来のISO 10816-1とISO 7919-1を置き換えたもので、非回転部(軸受箱など)の振動と、軸の相対・絶対振動の両方を対象にしています。評価は振動の大きさと、その変化の両方で行うとされています。

実務でよく使われるのが、振動速度の実効値(RMS)を機械のクラスごとにA〜Dのゾーンに分ける考え方です。Aは新設機の水準、Bは長期運転に問題のない水準、Cは長期運転には適さず対策を計画すべき水準、Dは損傷の恐れがある水準と整理されます。具体的な境界値は機械の種類や出力、据付条件ごとに規格の各部で定められているので、対象機械に該当する部を確認してください。

ISO 20816ゾーンによる固定閾値、運転条件別の閾値、機械学習による正常モデル、周波数分析による診断の4段階 1. 固定閾値 ISO 20816ゾーン 振動速度RMS 2. 条件別閾値 品種・負荷・回転数 ごとに基準を分ける 3. 機械学習 正常モデルからの ずれで異常度 4. 診断 周波数分析で 故障部位を推定 多くの設備は1〜2段で十分。3〜4段は誤報や見逃しが問題になった設備から
振動監視の段階。固定閾値で始め、条件が合う設備だけ機械学習と診断へ進む。

機械学習が必要になる4つの条件

固定閾値は説明しやすく導入も速い一方、運転条件が変わると誤報が増えます。次の条件に当てはまる設備では、機械学習を検討する価値があります。

  1. 負荷や回転数が品種や時間帯で大きく変わり、条件ごとの閾値設定が追いつかない
  2. 総合値(RMS)が変わる前の初期兆候を捉えたい(軸受の初期傷など)
  3. 振動に加えて電流・温度・圧力など複数の信号を組み合わせて判断したい
  4. 同型の設備が多数あり、設備ごとに閾値を手で決める工数が大きい

機械学習の方式としては、運転条件で条件付けした正常モデル、オートエンコーダ、Isolation Forestなどがあります。どれも「正常データの代表性」が精度を左右するため、品種や季節の違いを含む期間の正常データを集める必要があります。実務では、固定閾値で一次アラームを出し、機械学習の異常度で優先度を付ける併用が多く見られます。判断基準の詳細は予知保全は閾値管理で足りるかで解説しています。

公開データセットの精度99%は実機の精度ではない

振動による軸受故障診断の研究では、ケース・ウェスタン・リザーブ大学のCWRU軸受データが広く使われます。2馬力の誘導電動機の軸受に放電加工で直径7〜40milの人工的な傷を付け、0〜3馬力の負荷、1,720〜1,797rpmの回転数で、12kHzと48kHzで加速度を測ったデータです。

このデータでの深層学習の精度は99%台の報告が多く、2020年改訂のレビュー論文(Zhang et al.)ではLeNet-5系CNNで99.79%などが紹介されています。しかし同じレビューは、欠陥が人工的で回転数の幅も狭い点を指摘しています。別の4回転数条件で試した手法では平均93.19%に下がった例もあり、加速寿命試験で実際の損傷を含むPaderbornデータセットの方が実用性能を確かめやすいとしています。

センサ・サンプリング・特徴量の設計

振動監視の精度は、アルゴリズムよりセンサの取付と信号処理で決まる部分が大きくなります。

設計項目決め方の目安
センサの取付位置軸受に近く、荷重方向を含む位置。ボルトや接着で剛に固定する。マグネット固定は高周波の感度が落ちる
測定方向水平・垂直・軸方向。ミスアライメントは軸方向に出やすい
サンプリング周波数見たい周波数の2倍以上が理論上の下限。軸受の初期傷を見るなら数kHz〜十数kHzの帯域が要る
測定周期連続監視か、数分〜数時間おきのスナップショットか。劣化の進行速度と通信量で決める
特徴量速度RMS、加速度ピーク、尖度、エンベロープ解析による軸受欠陥周波数の成分など

データ基盤の観点では、生波形をすべてクラウドに送るのは通信量と保存量の点で現実的ではありません。エッジで特徴量を計算して送り、異常の兆候が出たときだけ生波形を保存する構成が一般的です。また、振動データにMESや制御系から品種・負荷・回転数を付けておかないと、条件別の閾値も機械学習の条件付けもできません。センサの種類の選び方は予知保全のセンサ選定で扱っています。

よくある質問

無線の振動センサでも予知保全はできますか?

できます。ただし電池寿命を確保するため、測定周期やサンプリング時間が制限される製品が多い点に注意してください。速度RMSのような総合値の傾向監視には十分でも、軸受の初期傷を周波数分析で捉えるには帯域や測定時間が足りないことがあります。

回転数が低い設備でも振動監視は使えますか?

低速機は振動の周波数が低く、信号が小さくなるため難しくなります。低速域に対応したセンサの選定や、アコースティックエミッションなど別の手法との組み合わせを検討してください。

振動の閾値はメーカーに聞けば決まりますか?

設備メーカーの推奨値があれば出発点になります。ただし据付条件や運転条件で正常時の振動は変わるため、自社設備で数週間の正常データを測り、そのばらつきを見て調整するのが確実です。

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この記事を書いた人

株式会社サオス

株式会社サオス 製造DX部

DELMIA Apriso を中核とした MES / 製造DX の導入・運用・人材育成と、製造業向けAIの調査・開発・教育を手がけるITコンサルティング企業。ISO 9001:2015 / ISO 27001:2022 認証取得。 日本・中国・米国で製造業のMES・データ基盤・AI導入を手がけた実務者が、欧米・中国の一次情報にあたって書いています。