4つの手の比較

データが少ない状況で使える方法は、主に次の4つです。

手考え方必要なデータ向く用途限界
1. 良品学習(異常検知)正常なものだけで学習し、正常から外れたものを異常とする正常なデータ(良品画像、正常運転のデータ)外観検査の立ち上げ、設備の異常検知不良の種類までは分けられない。正常のばらつきを異常と誤る
2. 転移学習・事前学習モデル大量のデータで学習済みのモデルを使い、少量の自社データで調整する少量の自社データ画像の分類、需要予測自社のデータと事前学習のデータが大きく違うと効きにくい
3. シミュレーション・合成データCADやシミュレーションで不良や故障のデータを作る設計データ、物理モデルまれな不良、故障モード実データとの差(Sim2Realギャップ)がある
4. ルールとの併用ルールで判定できる部分はルールで、残りをAIに任せる少量のデータと現場の知見判定基準が一部明確な検査、設備監視ルールの保守が必要

1. 良品学習:不良がなくても始められる

外観検査の良品学習は、良品の画像だけで学習し、良品から外れたものを異常と判定します。不良サンプルがほとんどない立ち上げ期に向く方法です。

公開データセットの規模を見ると、必要な量の感覚がつかめます。外観検査の代表的なベンチマークMVTec ADでは、1カテゴリあたりの良品の学習画像が平均200〜250枚程度です(3,629枚÷15カテゴリ)。VisAデータセットの少数ショット設定では、学習に使う画像を5枚または10枚に絞った評価も行われています。良品を1枚も使わないゼロショットの手法もあり、WinCLIP(CVPR 2023)はMVTec ADで分類91.8%、良品を1枚だけ使うWinCLIP+では93.1%と報告されています。

国内の事例では、キユーピーが原料検査で不良品ではなく良品のパターンを学習し、良品以外を不良とする方式で精度を大きく上げたと紹介されています(MONOist、2020年4月3日)。

ただし、良品のばらつき(色むら、刻印の違い、材料ロットの差)を学習データに含めないと、正常なばらつきを異常と判定して過検出が増えます。ロット、材料、季節、照明の変化を含む良品を集めることが重要です。また、評価には学習に使わない実際の不良サンプルが必要で、数十枚程度は確保したいところです。方式の選び方は良品学習と不良学習の使い分けで扱っています。

設備の予知保全でも同じ考え方が使えます。故障まで運転したデータは、壊れる前に部品を交換するため実工場にはほとんどありません。正常運転のデータで異常検知から始め、劣化の傾向を見るほうが現実的です。

2. 転移学習・事前学習モデル

大量の一般的なデータで学習済みのモデルを使い、自社の少量のデータで調整する方法です。外観検査の異常検知で使われるPatchCoreやPaDiMは、一般画像(ImageNet)で事前学習した画像認識モデルの特徴をそのまま使い、再学習なしで良品の分布を表します。

需要予測でも、多数の時系列で事前学習した基盤モデルが出てきています。AmazonのChronos(2024年)は、42のデータセットで評価され、学習に使っていないデータセットでも、そのデータで学習した手法と同等か上回るゼロショット性能を示したと報告されています。品番が多く、品番ごとの履歴が短い場合の候補になります。

3. シミュレーション・合成データ

まれな不良や故障を、CADやシミュレーションで作る方法です。PFUは、CADから欠陥を仮想的に生成し、照明やカメラの条件を探索する外観検査設計の技術を発表しており、検証では条件探索が約6時間から30分に短縮し、欠陥検出率が71.5%から85.1%に上がったとしています(MONOist、2026年9月29日、同社発表)。

合成データは実データとの差があるため、合成データだけで学習したモデルは、必ず実データで評価します。詳しくは不良画像の合成を参照してください。

データの状況に応じた4つの手の選び方 不良・故障のデータがほぼない 正常のデータも少ない 1 良品学習 3 合成データ 2 事前学習モデル 4 ルールとの併用 実データで評価不良サンプル数十枚
データの量と種類に応じた4つの手の選び方。不良がなくても、良品学習とルールの併用から始められる。

4. ルールとの併用

判定基準の一部が明確なら、そこはルール(しきい値、寸法の範囲)で判定し、ルールで書けない部分だけをAIに任せます。設備監視では、ISO 20816の振動評価ゾーンのような固定のしきい値で一次のアラームを出し、AIで優先度を付ける併用がよく使われます。ルールは説明しやすく、データが少なくても始められます。AIを使うべきかの判断はAIかルールベースかで扱っています。

よくある質問

良品の画像は何枚あれば足りますか

製品や不良の種類によって違いますが、良品のばらつきを代表する数十枚から数百枚が出発点です。枚数よりも、ロット、材料、季節、照明の変化を含んでいることが重要です。

不良の種類まで分けたい場合はどうすればよいですか

不良の種類ごとにラベル付きのデータが必要になるため、良品学習で運用しながら、検出された不良に人が種類を付けて溜めていきます。十分に溜まったら教師あり学習に移ります。

合成データだけで学習したモデルを本番で使えますか

実データとの差があるため、そのまま使うのは避け、必ず実際の不良サンプルで評価してください。実データと組み合わせて学習するのが一般的です。

この記事に出てくる用語

用語集(日・英・中)をすべて見る

この特集について

AIは「データ基盤」で決まる

PoCは成功したのに本番で止まる。原因の多くはモデルではなく、MESと設備データの側にある 全130本

  1. MESとAIの関係:ロット・作業指示・品質判定がAIの精度を決める理由
  2. 製造業AIが本番で止まる7つの理由:PoCは成功したのにラインに載らない構造
  3. 製造業のAI-OCR:紙の検査記録・点検表・ミルシートをデータ化する手順
  4. データ基盤の段階的導入ロードマップ:ユースケースから逆算する8ステップ
特集の記事をすべて見る →

この記事を書いた人

株式会社サオス

株式会社サオス 製造DX部

DELMIA Apriso を中核とした MES / 製造DX の導入・運用・人材育成と、製造業向けAIの調査・開発・教育を手がけるITコンサルティング企業。ISO 9001:2015 / ISO 27001:2022 認証取得。 日本・中国・米国で製造業のMES・データ基盤・AI導入を手がけた実務者が、欧米・中国の一次情報にあたって書いています。