2025年の推計は約55億〜342億ドル、開きは約6倍

製造業向けAI(AI in Manufacturing)の世界市場について、欧米の調査会社が公表している数字は大きく食い違っています。2025年時点の市場規模だけを取り出しても、最小で約55億ドル、最大で約342億ドルと、約6倍の差があります。

代表的な3社の公表値は次のとおりです。

調査会社2025年の規模予測年の規模CAGR公表時期・備考
MarketsandMarkets341.8億ドル2030年 1,550.4億ドル35.3%(2025〜2030)2025年版。基準年は2024年
Grand View Research(2025年5月リリース)記載なし2030年 478.8億ドル46.5%(2025〜2030)2024年はハードウェアがシェア41.6%で最大
Grand View Research(最新の業界分析ページ)71億ドル2033年 1,724億ドル50.8%(2026〜2033)2026年は97億ドル。北米が2025年に32%超
BCC Research70億ドル2030年 358億ドル38.7%2025年12月の報道。基準年2024年は55億ドル

同じGrand View Researchでも、2024年2月版のレポートではCAGRを44.2%(2024〜2030)としており、版によって予測が更新されています。つまり「Grand View Researchによれば」と書いても、どの版かを示さなければ数字は特定できません。

2025年の製造業AI市場(最大の推計)
341.8億ドル
MarketsandMarkets(2025年版)
2025年の製造業AI市場(小さい側の推計)
約70億ドル
BCC Research(2025年12月報道)、Grand View Research最新版
2025年推計の最大・最小の開き
約6倍
米集計サイトManufacturing Lead Generation(2026年3月更新)の指摘

食い違いの原因は「何を市場に含めるか」

数字が6倍も違う主な原因は、市場の定義です。米国の集計サイトManufacturing Lead Generationは、ハードウェアを含むか、ソフトウェアだけか、ロボットを含むかの違いが原因だと指摘しています。

実際、Grand View Researchの2025年5月のリリースでは、2024年のコンポーネント別シェアでハードウェアが41.6%と最大でした。AI向けのGPUやエッジ機器、カメラなどを市場に含めれば、規模は大きくなります。逆に、AIソフトウェアとサービスに限れば小さくなります。

もう1つの違いは、主要プレイヤーの捉え方です。MarketsandMarketsは主要企業としてSiemens(独)、NVIDIA(米)、IBM(米)、ABB(スイス)、Honeywell(米)を挙げ、NVIDIA・Siemens・IBMを競合マトリクスの「Star」に置いています。半導体と産業オートメーションの大手を中心に据えた市場観であり、AIスタートアップのソフト売上だけを積み上げた市場観とは前提が違います。

AIソフトのみ、サービスを含む、ハードウェアを含む、ロボットを含むと範囲が広がる同心円の図 ロボット・自動化設備まで含む ハードウェア(GPU・エッジ機器・カメラ)を含む 導入・保守などサービスを含む AIソフトウェアのみ(最も小さい推計)
市場規模の推計は、含める範囲が広がるほど大きくなる。

CAGRの高さと基準年にも注意する

市場規模の絶対値だけでなく、成長率(CAGR)も35%台から50%台まで開いています。CAGRは「どの年から何年まで」で値が変わるため、2024〜2030年と2026〜2033年の数字を並べて「どちらが成長を高く見ているか」を比べても意味がありません。

基準年も確認が必要です。BCC Researchは2024年の55億ドルを基準に2030年の358億ドルを予測しています。同じ「2030年」の予測でも、MarketsandMarketsの1,550億ドルとは4倍以上の差があり、出発点の規模の違いがそのまま残っています。

隣接する数字として、同じ集計サイトはPrecedence Researchの推計として、製造業向け生成AI市場を2025年6.31億ドル、2034年138.9億ドル(CAGR約41%)と紹介しています。これは製造業AI全体ではなく生成AIに限った市場で、しかも二次情報です。製造業AI全体の数字と同じ表に並べると、読み手が範囲の違いを見落とします。

稟議・事業計画で市場規模を引用するときのルール

市場規模の数字は、使い道に応じて引き方を変えます。製造業の社内でAI投資を説明する場面と、AIベンダーが事業計画を立てる場面では、必要な精度が違います。

  1. 社内のAI投資稟議:市場規模は「投資の必要性」の根拠としては弱い材料です。他社が投資しているという傾向を示す程度にとどめ、レンジ(約55億〜342億ドル)で書きます。投資判断の本体は、自社の工程KPIへの効果で組み立てます。手順はAI導入の社内稟議の通し方を参照してください
  2. ベンダーの事業計画:自社製品が属する範囲(ソフトのみか、サービスを含むか)に合う定義の調査を選び、定義をそのまま注記します。ハードウェアを含む推計を使ってソフトの市場機会を語ると、過大評価になります
  3. 記事・講演:調査会社名・発行年月・版・対象範囲を必ずセットで書きます。複数社を並べ、食い違っていることも書きます

データ基盤の視点で見ると何が言えるか

市場推計の内訳を見ると、ハードウェアが最大シェアを占め、北米が最大地域という点はどの調査でもおおむね共通しています。ここから言えるのは、製造業AIへの支出のかなりの部分が、モデルそのものではなく計算機器や現場の機器に流れているということです。

MESや設備データの実装に関わる立場から見ると、AIの効果を左右するのはデータを集めて整える部分です。市場推計の多くはこの「データ整備」の費用を独立した項目として扱っていません。市場の数字が伸びていても、自社のデータ基盤が整っていなければAI投資は回収できません。数字の読み方としては、市場の大きさより、自社のどこに費用がかかるかを先に見積もるほうが実務的です。

よくある質問

製造業AIの市場規模はどの数字を使えばよいですか?

1つに決めず、レンジで示すのが安全です。2025年時点では約55億〜342億ドルと推計が分かれています。1社の数字を使う場合は、調査会社名・発行時期・版・対象範囲(ハードウェアやロボットを含むか)を注記します。

なぜ同じ調査会社でも数字が変わるのですか?

調査会社は定期的にレポートを更新し、基準年や予測期間、定義を見直します。Grand View Researchは2024年2月版でCAGR 44.2%、2025年5月のリリースで46.5%、最新の業界分析ページで50.8%と、版ごとに値が異なります。引用時は版を特定します。

生成AIの市場規模と製造業AIの市場規模は比べられますか?

比べられません。製造業向け生成AI市場(Precedence Researchの推計で2025年6.31億ドル)は製造業AI全体の一部で、対象範囲が違います。同じ表に並べる場合は、範囲が異なることを明記します。

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この記事を書いた人

株式会社サオス

株式会社サオス 製造DX部

DELMIA Apriso を中核とした MES / 製造DX の導入・運用・人材育成と、製造業向けAIの調査・開発・教育を手がけるITコンサルティング企業。ISO 9001:2015 / ISO 27001:2022 認証取得。 日本・中国・米国で製造業のMES・データ基盤・AI導入を手がけた実務者が、欧米・中国の一次情報にあたって書いています。