多変量で見る価値は「関係の崩れ」を捉えること

設備や工程のセンサは、互いに関係して動いています。ポンプの回転数が上がれば流量が増え、流量が増えれば下流のタンクの水位が上がる、という具合です。1つのセンサの値が正常範囲内でも、この関係が崩れていれば、どこかで何かが起きています。センサの故障、配管の詰まり、制御の異常、そしてサイバー攻撃による値の改ざんもその例です。

多変量の異常検知は、複数のセンサを同時に見て、この関係の崩れを捉える手法です。単変量の閾値管理との違いは、品質管理の多変量SPCと同じ考え方です。

SWaT:51センサの水処理テストベッド

多変量の産業データで異常検知を試すとき、よく使われる公開データセットの1つがSWaT(Secure Water Treatment)です。シンガポール工科デザイン大学(SUTD)のiTrustが公開しているもので、6段階の水処理設備を縮小したテストベッドの運転記録です。

センサとアクチュエータの数
51個
iTrust, SUTD(SWaTデータセットの説明)
正常運転の記録期間
7日
同上
攻撃を含む記録期間と攻撃の件数
4日・41件
同上

SWaTは、もともと制御システムへのサイバー攻撃を検知する研究のために作られたデータです。攻撃では、センサの値を偽装したり、アクチュエータ(バルブ、ポンプ)を不正に操作したりします。その結果、工程の段階をまたいでセンサ間の関係が崩れるため、多変量の異常検知の評価に向いています。

製造の設備異常とは性質が違う部分もありますが、次の点で実工場の練習台として役立ちます。

  • 工程が段階に分かれ、上流の変化が下流に伝わる構造がある
  • センサ(連続値)とアクチュエータ(オン・オフなどの状態)が混在している
  • 正常運転のデータで学習し、異常期間で評価するという、実務と同じ構成で試せる
多数のセンサとアクチュエータのデータを、時刻合わせ、欠損処理、運転モード分割、スケーリングの前処理を経て多変量モデルに入れ、異常スコアと寄与の大きいセンサを出力する流れ センサ+アクチュエータ 時刻合わせ 欠損・凍結値の処理 運転モード分割 スケーリング 多変量モデルPCA / 距離 / 再構成 異常スコアイベント単位で判定 寄与の大きいセンサ点検の手がかり 精度の大半はこの前処理で決まる
多変量異常検知の前処理と判定の流れ。前処理で欠損・時刻ずれ・運転モードを整えてから、相関の崩れを判定する。

実工場で精度を決める前処理

公開データセットは、ある程度きれいに整えられています。実工場のデータでは、次の前処理が精度を大きく左右します。

問題何が起きるか対処
時刻ずれPLCごと、ゲートウェイごとに時計がずれ、因果の順序が逆転して見える収集側で時刻同期(NTP/PTP)、ずれ量の測定と補正
サンプリング周期の違いセンサごとに1秒、10秒、1分と周期が違う共通の周期にリサンプリング。高速な信号は特徴量(平均・最大など)に要約
欠損通信断、PLCの更新、センサの交換でデータが抜ける短い欠損は補間、長い欠損はその区間を判定対象外にする
凍結値通信が途切れても最後の値が記録され続ける値が一定時間まったく変化しない区間を検出して除外
単位・スケールの違い温度(数十)と圧力(数千)で値の大きさが違う正常期間の平均と標準偏差で標準化
運転モード起動・停止・品種切替で正常の姿が変わるモードごとにモデルを分ける、移行期間は判定しない

特に凍結値は見落とされやすい問題です。ヒストリアンやデータ収集の設定によっては、通信が途切れても最後の値を保持し続けるため、データ上は「安定した正常値」に見えます。多変量モデルはこれを関係の崩れとして検知し、誤報の原因になります。工場データの品質問題全般は製造データ品質の10の問題にまとめています。

手法の選び方:単純な手法から試す

多変量の異常検知にはPCA(主成分分析)、距離ベースの手法(KNN、Isolation Forest)、再構成型のディープラーニング(オートエンコーダなど)があります。71手法を967の時系列で比べた評価(Schmidlら、PVLDB 2022)では、多変量の系列は単変量より検出が難しく、再構成型の多くはAUC-ROCが0.5付近にとどまり、距離ベースの手法が頑健だったと報告されています。

この結果を踏まえると、次の順で試すのが妥当です。

  1. PCAによるT²とQ統計量(解釈しやすく、どのセンサが効いたか寄与で分かる)
  2. 距離ベースの手法(KNN、Isolation Forest)
  3. それでも足りない場合に再構成型のディープラーニング

どの手法でも、異常スコアだけでなく「どのセンサの寄与が大きいか」を出すことが重要です。現場の担当者が点検する場所の手がかりになり、アラームが行動につながります。

設備異常とサイバー攻撃の区別

SWaTが示すように、多変量の異常検知はサイバー攻撃の検知にも使えます。センサの値が偽装されると、物理的にありえない関係(ポンプが止まっているのに流量がある、など)が現れるためです。

ただし、異常検知だけでは、原因が設備の故障なのか、攻撃なのかは区別できません。工場の制御ネットワークのセキュリティは、IEC 62443とAI・データ基盤のようにネットワークの分離と監視で対策するのが基本で、異常検知はその補完と位置づけるべきです。

時系列異常検知の方式の全体像は時系列データの異常検知AI入門で整理しています。

よくある質問

センサは何個まで1つのモデルに入れられますか

手法としては数百個でも扱えますが、センサが多いほど、どのセンサが異常の原因か分かりにくくなり、欠損の影響も受けやすくなります。工程の段階や設備の単位でモデルを分け、1つのモデルは数十個程度に抑えると運用しやすくなります。

オン・オフの状態データ(アクチュエータ)はどう扱いますか

連続値と同じモデルに入れるより、運転モードの判定に使う方が効果的なことが多いです。例えば、ポンプがオンのときとオフのときで別の正常モデルを使う、という使い方です。

SWaTで高い精度が出た手法は自社でも使えますか

SWaTは攻撃の検知を目的としたデータで、攻撃による異常は比較的はっきりしています。実工場の設備劣化のような緩やかな異常とは性質が違うため、自社データでの評価は必ず必要です。

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この記事を書いた人

株式会社サオス

株式会社サオス 製造DX部

DELMIA Apriso を中核とした MES / 製造DX の導入・運用・人材育成と、製造業向けAIの調査・開発・教育を手がけるITコンサルティング企業。ISO 9001:2015 / ISO 27001:2022 認証取得。 日本・中国・米国で製造業のMES・データ基盤・AI導入を手がけた実務者が、欧米・中国の一次情報にあたって書いています。