4つの公開事例

ドイツ企業のAI活用で、公開情報から中身が確認できる事例を4つ挙げます。

企業・拠点取り組み公表内容時期
Audi(Böllinger Höfe工場)TÜV安全認証を受けた仮想PLC(Siemens S7-1500V)と、AIによる溶接スパッタの外観検査Neckarsulm工場へ拡大予定2025年4月
Schaefflerスクラップ率・歩留まり・エネルギー使用量をチャットボットで照会工場情報の民主化(定性)2024年
SchaefflerSiemens Industrial Copilotを現場のエンジニアリング・運用業務に利用2024年に利用2024年
Siemens(Bad Neustadt工場)Insights Hub Production Copilotで分散したデータから洞察を得る運用中(定量値なし)2025年5月
Siemens(Erlangen電子工場)24時間の現場トラブルシュート・保全にCopilotチャットボット運用中(定量値なし)2025年

共通しているのは、効果の数値をほとんど出していない点です。日本の事例紹介では削減率が強調されがちですが、ドイツ企業の公開事例は「何を、どの仕組みで動かしているか」が中心です。

Audi:制御の仮想化とAI検査を同じ基盤に載せる

Audiの事例で注目すべきは、AIの溶接検査そのものより、PLC(プログラマブルロジックコントローラ)をハードウェアから切り離した仮想PLCが、TÜV(ドイツの第三者認証機関)の安全認証を受けた点です。制御をサーバー上のソフトウェアとして動かせると、同じ計算基盤の上でAI推論と制御を近接して扱えます。溶接スパッタの外観検査AIの結果を制御側に戻す、といった閉ループの構成が組みやすくなります。

Schaeffler:AIの前に「照会できるデータ」を作る

Schaefflerのチャットボットは、スクラップ率・歩留まり・エネルギー使用量という、MESやエネルギー管理システムに既にある指標を自然言語で照会するものです。高度な予測ではありませんが、現場の担当者が自分でデータを引けるようになることを「民主化」と位置付けています。前提は、工場のデータが照会できる形で統合されていることです。

背景にあるIndustrie 4.0のデータ標準

ドイツのAI活用が制御やデータ照会から具体化している背景には、Industrie 4.0の取り組みの中で進めてきたデータの標準化があります。

下から設備とPLC、OPC UA、AAS、データスペース、AIアプリケーションの順に積み上がる層構造 設備・PLC(仮想PLCを含む) OPC UA:設備データの通信と情報モデル AAS(IEC 63278):資産のデジタル表現とサブモデル データスペース:企業間のデータ共有のルール AI:検査・照会チャットボット・Copilot・基盤モデル下の層の意味づけが揃っているほど、AIの横展開が容易になる
ドイツの製造業AIの層構造。Industrie 4.0で整えた通信・情報モデル・資産表現の上にAIが載る。

中心になるのが、アセット管理シェル(Asset Administration Shell、AAS)です。AASは設備・部品・製品といった資産を「標準化されたデジタル表現」として扱い、銘板・技術データ・稼働データなどのサブモデルの各要素が、ECLASSやIEC CDDの辞書の定義を参照します。2023年12月にIEC 63278-1として国際規格になり、IDTA(Industrial Digital Twin Association)の仕様は2025年7月にv3.1.1が公開されています。

AIにとってこの意味は大きく、「定格電流」「スピンドル温度」といった項目が会社や設備メーカーをまたいで同じ意味で扱えれば、ある工場で作った分析やAIを別の工場・別メーカーの設備に移しやすくなります。AASの詳細はアセット管理シェル(AAS)とはで扱っています。

Siemensの動きが示す方向

ドイツの製造業AIを語る上で、自国の大手ベンダーであるSiemensの動きは無視できません。Siemensは2025年のHannover MesseでMicrosoftと協業する産業用基盤モデル(Industrial Foundation Model)を発表しました。3Dモデル・2D図面・技術仕様を処理し、Industrial Copilotや仮想PLCと連携する構想です。2025年にはシミュレーション・AIを強化するためにAltair Engineeringを100億ドルで買収しています。

Audiの仮想PLC、Siemensの自社工場(Bad Neustadt・Erlangen)でのCopilot、基盤モデルと仮想PLCの連携構想を並べると、ドイツ勢が目指しているのは「設計データ・制御・現場の運用データを同じ基盤でつなぎ、その上でAIを動かす」構成だと読めます。この構成はSiemensの製品群を前提にしており、利用者にとってはベンダーへの依存度が上がる面もあります。Siemensの戦略の全体はSiemens Industrial Copilotの全体像を参照してください。

日本の工場が参考にできる点

ドイツの事例から日本の工場が取り入れやすいのは、次の2点です。

1つ目は、上のcalloutのとおり、AIの入口を「データの照会」に置くことです。予測や最適化より効果は地味ですが、データの定義の揺れが早い段階で見つかります。

2つ目は、設備メーカーとの情報の受け渡しを標準化することです。新しく導入する設備から、銘板・技術データ・ドキュメントを構造化された形で受け取る取り決めをしておくと、将来AIで保全支援や設備横断の分析をする際の準備になります。欧州の顧客や親会社からAAS形式でのデータを求められていない場合でも、項目を揃える作業は先にできます。

よくある質問

ドイツの製造業はAI導入で日本より進んでいますか?

一律には言えません。データ標準化(AAS・OPC UA)の取り組みや、制御の仮想化ではドイツが先行している一方、公開事例の多くは効果の数値を出していません。導入率の比較には調査ごとの定義の違いもあるため、領域ごとに見る必要があります。

仮想PLCはAIとどう関係しますか?

仮想PLCは制御をサーバー上のソフトウェアとして動かすため、同じ計算基盤でAI推論と制御を扱いやすくなります。Siemensは産業用基盤モデルと仮想PLCを連携させる構想を示しています。ただし安全機能を担う制御にAIを組み込む場合は、EU機械規則などの第三者評価の対象になりうる点に注意が必要です。

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この記事を書いた人

株式会社サオス

株式会社サオス 製造DX部

DELMIA Apriso を中核とした MES / 製造DX の導入・運用・人材育成と、製造業向けAIの調査・開発・教育を手がけるITコンサルティング企業。ISO 9001:2015 / ISO 27001:2022 認証取得。 日本・中国・米国で製造業のMES・データ基盤・AI導入を手がけた実務者が、欧米・中国の一次情報にあたって書いています。