製造ノウハウは「秘密として管理しているか」で守られ方が決まる

不正競争防止法で営業秘密として保護されるには、秘密として管理されていること、事業に有用であること、公然と知られていないことの3つが必要です。製造業のAI活用で問題になりやすいのは1つ目の秘密管理です。工程条件のファイルを誰でも生成AIに貼り付けられる状態にしておくと、その情報を「秘密として管理していた」と主張しにくくなります。

つまり、生成AIへの入力ルールは情報漏えい対策であると同時に、ノウハウを法的に守るための管理の一部です。2025年に成立したAI推進法の附帯決議も、政府に対して営業秘密や知的財産の保護を求めています。国の推進政策のもとでも、自社の秘密をどう扱うかは自社で決める必要があります。

製造業で営業秘密になりやすい情報は次のとおりです。

情報の種類例AIで使いたくなる場面
工程条件成形温度・圧力、熱処理プロファイル、溶接条件条件最適化、不良の要因分析
配合・レシピ樹脂・塗料・食品の配合比材料開発、品質予測
図面・3Dモデル公差、加工方法の指示、治具設計図面検索、検図、見積
不良解析・過去トラ8D報告、FMEA、クレーム対応記録RAGによる類似不具合の検索
設備・ライン構成自社設計の設備、レイアウト、タクトデジタルツイン、ライン設計

原則1:情報を3段階に区分し、AIごとに入力可否を決める

最初にやるのは、情報の区分とAIの種類の組み合わせで、入力してよいかを1枚の表にすることです。区分は細かくしすぎると現場が判断できないので、3段階程度にとどめます。

情報区分3段階とAI提供形態3種類の入力可否マトリクス 一般向けクラウドAI 法人契約クラウドAI 社内・閉域のAI 極秘配合・工程条件 入力禁止 入力禁止 承認制用途と範囲を記録 社外秘図面・不良記録 入力禁止 条件付き可学習利用なしを確認 可 公開可カタログ・規格 可 可 可
情報の区分とAIの提供形態の組み合わせで入力可否を決める。上の行ほど入れてよい範囲が狭い。

ポイントは「AIを使うか使わないか」ではなく、「どの区分の情報を、どの提供形態のAIに入れてよいか」で決めることです。極秘の工程条件でも、社内に閉じたAIなら承認を経て使える、という道を残しておかないと、現場は個人のスマートフォンで一般向けのAIを使い始めます。オンプレミスや閉域で動かす構成はローカルLLM・オンプレ生成AIの4つの構成で扱っています。

原則2:学習利用と保存の条件を契約で確認する

法人向けのAIサービスでも、入力データが学習に使われるか、どこに何日保存されるか、障害調査のために提供元の担当者が閲覧できるかは、サービスと契約プランごとに違います。社外秘の情報を入れる前に、次の4点を利用規約とデータ処理に関する契約書で確認します。

  1. 入力・出力をモデルの学習や改善に使うか。使わない設定は既定か、申請が必要か
  2. 入力データの保存期間と保存場所(国・リージョン)
  3. 提供元の従業員や委託先がデータにアクセスできる条件
  4. 契約終了時のデータ削除と、その証明の方法

AIベンダーに自社データで学習させてモデルを作る場合は、さらに重い論点になります。学習済みモデルの中に自社のノウハウが溶け込むため、そのモデルを他社向けに再利用してよいかを契約で決めておかないと、競合他社の工場で自社の条件出しの知見が使われる可能性があります。この点はAI開発契約で確認する7項目で詳しく扱います。

原則3:RAGや社内AIでは、元の文書のアクセス権を引き継ぐ

社内文書をAIで検索するRAG(検索拡張生成)を作ると、新しい漏えい経路が生まれます。元のファイルサーバーでは設計部しか開けなかった図面が、全社向けのAIチャットからは誰でも検索できる、という状態です。これは外部への漏えいではありませんが、秘密管理の範囲を社内で広げてしまうので、秘密管理性の主張を弱めます。

対策は、文書をベクトル化して登録するときに、元のアクセス権(部門・役職・拠点)をメタデータとして持たせ、検索時に利用者の権限で絞ることです。MESやPLMから文書を取り込む場合は、品番・工程・改訂番号と一緒に機密区分も取り込むと、後から絞り込みの条件として使えます。設計の考え方はRAGのチャンク分割とメタデータを参照してください。

原則4:入力のログを残し、持ち出しを検知できるようにする

秘密として管理していたことを示すには、ルールを作っただけでなく、守られているかを確認できる仕組みが必要です。法人向けAIサービスの多くは管理者向けに利用ログを提供しているので、次の運用を決めます。

  • ログの保存期間と、誰が見るか(情報システム部門と法務・知財部門)
  • 極秘区分のキーワード(品番体系、配合の記号など)を含む入力の検知
  • 承認制で使う場合の申請記録(目的・対象データ・期間)
  • 退職・異動時に、個人で作ったAIのプロジェクトや保存したチャットを回収する手順

よくある質問

法人契約のAIサービスなら、社外秘の情報を入れてもよいですか

学習に使わない、保存期間が明示されている、アクセス条件が契約で限定されている、の3点を確認できれば、社外秘の区分までは入力を認める企業が多いです。極秘区分は、法人契約であっても社内・閉域の環境に限るのが無難です。

協力会社や派遣社員が生成AIを使う場合はどうすればよいですか

自社の情報を扱う業務では、自社のルールと同じ入力可否の表を契約や業務指示の中で示し、使ってよいAIサービスを指定します。個人契約のAIサービスの利用を禁止するかどうかも明記します。

中国など海外の拠点で現地のAIサービスを使う場合の注意点は

データの保存国と、その国の法令による提供義務を確認する必要があります。中国の工場では、データ越境の規制も別に関係します。詳しくは中国工場のAI活用とデータ越境規制を参照してください。

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この記事を書いた人

株式会社サオス

株式会社サオス 製造DX部

DELMIA Apriso を中核とした MES / 製造DX の導入・運用・人材育成と、製造業向けAIの調査・開発・教育を手がけるITコンサルティング企業。ISO 9001:2015 / ISO 27001:2022 認証取得。 日本・中国・米国で製造業のMES・データ基盤・AI導入を手がけた実務者が、欧米・中国の一次情報にあたって書いています。